田峯の念仏踊りは、毎年8月お盆の時期に開催されています。
お寺、新盆、観音で何日かかけて踊られます。
今回、17日に開催された、観音での念仏踊りをご紹介します。
念仏踊り
夕方5時すぎ。ぞくぞくと浴衣を着た人たちが集まってきます。
まずは坂の中腹にある”英霊供養塔”の前で供養の唱えます。
終了後、「道行き」。
”観音道行き”を奏でながら坂の石段を登っていきます。
踊り子たちも前庭に!
櫓を中心に丸くなり、笛と鉦(かね)、太鼓をたたきます。
この部分、一連の「かけ庭」と言い、笛・鉦・太鼓を使い、勇壮にはね踊ります。
続いては、観音堂の中で行う、念仏。
紋付羽織を着た2人の「調子引き」にあわせ、独特の節で、念仏を唱えます。
その間、その他の人たち(他地域の見学者なども交え)が、前庭で念仏踊り(手踊りを含む)を踊ります。
以前は、念仏も前庭でやっていたそうですが、今は、同時進行。
伝統を守りながらも、子供たちまで楽しめるように、との配慮。
さて、踊りが終わると、最後に「引き庭」が始まります。
再び、櫓を中心に丸くなり、笛・鉦・太鼓を鳴らしながらはね踊ります。
最後は、再び「道行き」で引き上げます。
以上で、行事が終了。
念仏踊りについて
この行事、元々は、「田峯のはね込み」と呼ばれていたそうです。
”はね込み”とは、前述の、「かけ庭」や「引き庭」など、笛・鉦・太鼓を使ってはね踊る踊りを指します。
それが、昭和51年の無形民俗文化財指定に伴い、「田峯念仏踊り」という正式名称がついたのだそうです。
田峯地域の念仏踊りは、伝統のしきたりや意義を強く残した内容になっています。
単なるイベントではなく、伝統行事であり、地域が一つになって進める取り組み、でもあります。
地元の郷土史家や地域住民自らが継続に力を注ぎ、途切れることなく、盛大に続いているのは、地域が一致団結する風土があるから、ではないかと。
江戸時代には、既に盛大に執り行われていた記録が残っているそうですが、その起源が一体どのくらい前なのか、については、残念ながら資料が残っていないのだとか。
遙かな過去を想像しながら念仏踊りに参加するのも、”おつ”なものです。
皆様、お疲れさまでした!




















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